ウルトラデトックス

 
 満月の晩、僕は呪縛を解きたくてジンジャー
ティーを淹れる。
 そして僕の想い人は魔法を成就させる為に
ジンジャーティーを淹れ続ける。

 傍目から見ると僕と彼とは御神酒徳利と言う
感じの存在らしい。多分外から観たら年齢差
なんて無い様に思われているんだろう。
 確かに外見上は年齢差なんて無いんだけどね。
でも、実際の所僕と彼の間には年の差なんて
表現するのが生易しい程の歳月が横たわっている。
何しろ一世紀+αの歳月だもの。
 そう言う彼と僕が何故一緒に暮らし始めたか。
それは10年前に遡る。

    *    *    *

 その日僕は火の消えた暖炉の前で膝を抱えて
ぼんやり座っていた。風に乗ってクリスマスの
喧騒が聞えてはいたけれど、それは僕の気を惹く
には余りにも騒々し過ぎる音だった。
 目が覚めたらポット一杯のジンジャーティー
だけ宛がわれて空っぽの家の中に置き去りにされて
いたのだもの。五歳の幼児に何が出来るかと言ったら…
多分待つ事だけしか出来ない様な気がする。
途中でどんなに足掻いても、気持ちを投げ入れる
先が無ければどうしようも出来ないだろうし。
 目が覚めた時はまだ暖炉にも温もりが残っていた
から少しは元気になれた。家の中をごそごそ探せば
探したでブルーベリーパイも有ったし、戸棚からは
レモンジャムも出てきた。ジンジャーティーは幼児が
飲むには少し大人の味過ぎたけど舐めれば元気も出た。
 でも、それも長くは続かなかった。クリスマス
だからと言って気候が温暖であると言う訳では
なかったので。

 そんな矢先だ。暖炉から不意に埃が舞った。
そんな莫迦な、と思いつつ白く舞った埃の行方を
見続けると、少しずつ埃の量が多くなった。そして、
彼は落ちてきた。
 「……メリィクリスマス」
 「賢い子だ。よく言えたね」
 目の前に突然サンタクロースが現れたら、多分
こう言うしかないと思う。誇りと煤で髭と衣装を
少しくすませながら、サンタさんは僕の頭を撫でて
くれた。そして次の瞬間、大きくお腹の鳴る音がした。
 見つめあう顔と顔、そして大爆笑。
 子供と老人は歳の差があっても、お腹の鳴る音の
大きさは変わらないという事実を僕はその時知った。

 「サンタさん、待ってて」
 不意のお客と笑いは僕をきちんと元気にしてくれた。
僕は台所に走ってブルーベリーパイとジンジャーティーと
レモンジャムをワゴンに乗せて暖炉の前まで持っていった。
 「ご馳走だねぇ。良いのかい?」
 「冷たくてゴメンナサイ」
 そう、それらは雪夜の冷え込みで冷たくなって
しまっていた。凍らなかったのが不思議な程に。
 「何、一寸お待ち」
 サンタクロースは暖炉に向かうとなにやら囁く。
次の瞬間、暖炉には赤々とした炎が点った。
 「これで温められるね。二人でゆっくりと食べよう」
 サンタさんは本当に優しい笑顔でニッコリとした。

    *    *    *

 実はそのサンタクロースと言うのが僕の想い人である
彼の事だ。彼が若返ってしまったのは、実はあの夜に
二人で食べたものに原因があった。
 ブルーベリーパイにジンジャーティー、そしてレモン
ジャム。何の変哲もない品々では有るが、ある条件下で
作られたそれらは組み合わせに拠って魔力を持ってしまう
事がたまにあるのだ。
 つまり、こう言う事だ。
 ハロウィンの晩に摘まれたブルーベリーで作った
ブルーベリーパイ。満月の晩を選んで陰干しした生姜を
配合したジンジャーティー。そして薔薇の花の下で三日
三晩じっくり寝かせたレモンジャム二匙。
 此れ等が組み合わされると、一つの効力を持つ様になる。
つまり、若返りだ。其れも神仙精霊の域に達した存在に
対しての。一種の毒抜き効果、とでも言えるのだろうか。
とは言え即効性はあるが持続性が有る訳ではない。体質に
拠っての差はある様だが凡そ一昼夜でこの効果は切れる
らしい。先述の三品をその後全く摂らなければ。
 でも、彼はあの日からずっと若いまま。それはジンジャー
ティーを飲み続け、時にはレモンジャムを舐めているから。
ブルーベリーパイには巡り会える様で居て中々巡り会って
いない。この前食べたのが五年前だもの。
 で、彼がこうまでして若さを保ち続けるのは何故か。
それは偏に僕の顔の造作の所為。

 彼は僕の顔立ちの中に昔の恋人を探している。恋人と
言っても思いを伝え合う事は無かったそうだから片思い
なのだろうけど。
 『最初は、ちょっと似てるかな程度だったんだよ』
 だろうね。五歳児の顔の中に二十歳前の面影を見出した
としたら相当な眼力だと思う。
 『それに、この体で君程の歳の子と暮らすには一寸辛い
ものを感じたのでね』
 それも判る。子供の頃を振り返ってみるのは幾ら何でも
早いだろうけど、僕もそれなりに動いた子供だったし。
 だから彼が偶然若返ってしまったのを幸いそれを継続
しようと決心し、今日まで来たと言うのは一応真っ当な
理由のある事ではあるのだ。
 と、言ってその延長線上で愛し方愛され方の手解きまで
すると言うのは一寸違うと思うけどね。その事実が存在
する以上、彼の心の何処かに下心めいたものがあったのだ
と少し冷静に為らざるを得ない。一緒に暮らしてきた日々の
幸せと彼の愛は信じているけどね。
 ……彼の愛し方への快楽への執着があると言うのも、
否定は出来ないし。

 だから僕は最初に愛された日以来満月の夜にジンジャー
ティーを淹れ続けている。満月の夜に淹れたジンジャー
ティーには想いを思い出に昇華させると言う効能もある
そうなので。思い出から彼を奪い取る自信が、正直な所
無いんだ。

    *    *    *

 目を覚ますと隣には彼の温もりだけが残っていた。
ベッドサイドを見遣ると脱ぎ散らした服もきちんと整理
されていて、彼の服は既に無い。キッチンの方からは
バタートーストとレモンジャム、ミントティーの香りが
微かに流れてきている。
 余りにも幸せな瞬間に泣きそうになる。
 でも、贅沢を言うならば。
 時計を十年戻して幼児と老人で何をするでもなく寄り
添って眠りたい。そう願ってしまう。

 「おはよう」
 「おはよう。冷めるよ」
 「うん。有り難う」
 促がされてミントティーを一口。途端に、目線がぐんと
下がる。
 「え?…チョッと…ナンナノ?」
 吃驚した時の叫びでなお吃驚。これって完全に子供の声?
…つまり僕が若返ったって事?
 「まぁ、落ち着きなさいよ」
 そう言って彼もミントティーを一口。すると、彼も変わり
始める。
 ふっくらと膨らみ始める横幅。そしてふくよかな顔に
刻まれてゆく皺。顔の下半分を覆い出す真っ白な髭。
そう。彼の本来の姿、サンタクロースに。
 「これがクリスマスプレゼントでは、不満かな?」
 深みを帯びた声で、彼は笑ってみせた。
 「…全然。とても嬉しい」
 椅子からゆっくりとよじ下りて、僕は彼の膝に乗る。
そして、彼の髭に顔を埋める。
 「不安にさせて悪かったね」
 「気付いてた?」
 「君の事だからね。だからこうする事にした」
 …愛されてるね、僕。
 そして僕はサンタにキスをする。恋人へのキスじゃなくて、
子供が肉親へ親愛の印として贈るキスを。
 「此処から始めれば良かったかもね」
 「今思えばね」
 そして僕は台所へ向かう。新しい日々を迎える友として、
ジンジャーティーを淹れる為に。    
                〈fin〉




                                     2005.12.11脱稿/2005.12.11UP
                                               葡萄瓜XQO
 
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